1992-03-26 第123回国会 参議院 商工委員会 第4号
出炭目標の明示の問題につきましては、これも石炭の労使とも議論をいたしました。石炭鉱業審議会でも議論をいたしました。もう一千万トンを切っている状態でございますので、個々の山ごとの経営の問題に直接関係してくる問題になっております。これは、先生御指摘になりましたように、山ごとに炭量も違いますし、自然条件も違います。
出炭目標の明示の問題につきましては、これも石炭の労使とも議論をいたしました。石炭鉱業審議会でも議論をいたしました。もう一千万トンを切っている状態でございますので、個々の山ごとの経営の問題に直接関係してくる問題になっております。これは、先生御指摘になりましたように、山ごとに炭量も違いますし、自然条件も違います。
○小渕(正)委員 まず最初に、先ほどからいろいろ質疑がなされておりまして、今回の第八次政策の初年度でありますが、大体今合理化が出されている内容だけ見ましても、ざっと本年度でも二百万トンの減産、雇用人員にして約三千人の離職、こういうことが数字的にも言えるわけでありますが、今回の第八次政策の本年度の出炭目標というものをどの程度に見通しておられるのか。
当然小委員会等におきましてもその点については御議論があろうかと思いますし、また日本の唯一のエネルギーといたしましても、最小限度の確保ということと、技術の継承や、またそれが技術開発等いろいろなことに結びついていく大事なものとして、最低限どこまで企業ベースという観点もこれは加味しなければならないかもしれませんけれども、審議会ではその辺のことについてはどのように御検討なさっていらっしゃるのか、出炭目標といいますか
それはなぜかと申しますと、九月の上旬以来、ここにありますように、一斉に中央各紙、地元紙を含めまして、大体出炭目標は一千万トンから九百万トンぐらい、しかも原料炭は五年ないし三年以内にはゼロになる、しかも炭鉱は五炭鉱ないし六炭鉱閉山と、これが軒並み出された報道でございます。
それから月産どのぐらいの出炭目標が見込めるのか、つまり生産計画。それからこれに必要とする資金手当てが一体どうなるのか。それと、生産と相まって、これだけの災害を起こしたんですから、保安上の点検というものにはっきり確信を持たなきゃならない。
わが国の特殊事情を考慮いたしますと、将来の達成といえども現在より大きく上回る出炭目標は、いろいろな面もございますが、保安体制等の安全面をどうしても軽視せざるを得ないということになると言われておりますが、この意味からも、このたびの二千万トン体制はどうしてもやらなければならないものかどうか、ひとつ大臣の所信をお聞かせください。
私たちが調べた結果そういうふうになっておるわけですけれども、このように財政的に困難なら困難のような状況のもとでやるなら、それに見合う出炭計画なり出炭目標にしなきゃならないんじゃないか、ここにやはり財政と出炭量というのは無理があってはならないんじゃないか、そこに保安というものがきちっとされてなければならないんじゃないか、こういうものについての検討やそういうことについては、私はこれは不十分だと、こういうふうに
それで第五次が出されたときには、今度は出炭目標というものは明示されなかった。それがいつの間にか二千万トンという程度になったのですが、四十八年暮れの石油ショックを契機に見直そうということで、五十年に答申が出されて、それが五十一年の四月から実施された。
にもかかわりませず、さっき大臣の話のように、二千万トン出炭目標をとおっしゃっておるので、少し外向けの話は非常にルーズなんです。たとえば実績を見てみましても、四十八年ごろ二千九十三万トンのがもう五十一年の暮れには一千八百三十三万トンに下がっています。これを二千万トンに上げるということは大変なことです。にもかかわらず、いや二千万トン体制ですと言ってPRしている。
石炭政策は、第一次の五千五百万トンから第五次まで逐次出炭目標を減らしてきている。五十年七月の第六次石炭政策で二千万トン以上となったが、現在千八百六十万トンに低下している。鉱山の中には、四十七年に開坑したにかかわらずすでに炭量がなくなるものも出てきており、目標の二千万トンを守れるかどうか危惧している。
昭和三十年代から始まりました世界的なエネルギー革命の潮流の中でだんだん優位を増した石油との競争におきまして、わが国の石炭ができる限りこれに対抗し得るということを目標にいたしまして、高能率炭鉱の育成、非能率炭鉱の閉鎖というようなものを進めまして、一方、その数字につきましては、需要規模の想定、石油価格の動向あるいは炭鉱の合理化、近代化達成の進捗状況等、諸般の状況を勘案いたしまして、それぞれその時代に応じました出炭目標
そして、復旧の工程としては、遺体収容は五十二年六月、出炭開始は五十二年十月、本格出炭日産四千トンは五十三年四月、最終出炭目標日産四千五百トン、年産百三十万トン確立は五十四年四月と見込みをつけたわけであります。 次に、夕張新炭鉱について、どのような見通しであるかを申し上げます。
これは北炭の文章によったのですが、北炭五山だけとってみても、五十年度上期の出炭目標が百六十七万トン、実績は百四十七万トン、減産分の二十一万トンのうち約半分の九万五千トンが災害による減産である、こう言っているのです。
若干でも保安上、問題があるということであれば、万全の対策を期して、二千万トン以上という一応の出炭目標を掲げておりますけれども、それが仮に若干、下回るというようなことがあっても、あくまで保安第一主義に考えて、生産は保安の次に考えていく。
つまり、出炭目標で炭鉱は炭を掘ればいいということじゃなくて、やっぱり人間という一つの枠は同じだろう、田中六助も多賀谷真稔先生も多田光雄先生も同じだろうが、性格とかいろいろなことが違う。それと同様に、自然というのは不思議に生きているんだね。だから、その炭鉱の持ち味というものがあるに違いない。それを一律に二千万トンとか、机上ではかったようなことでぱっぱっとやっていくのはどうか。
そうすると、年次別に出炭目標というものができてくるわけでしょう。そうすると、それは二千万トン以上のペースでずっとカーブできる、こういう意味に理解してもいいんですね、毎年のペースは。
まことにごもっともなことでございますが、この赤字経営の現状を打破するには、今日石炭が見直されて、皆さんが一生懸命やろう、五十一年度の出炭目標は二千二百五十万トンで行こう。ところが、「石炭時報」でございますか、あれで私、拝見しまして、協会の皆さま方の御意見として、企業の体力回復をはかることが最も肝要である、こういうことでございましたが、それはどういうことを意味しておるのか。
これははなはだ失礼なことでございますが、そういう批判的なことは先生ずっとおっしゃっていただきまして、私どもも大いにそのとおりだと思いますが、では二千二百五十万トンを完全に出炭目標を達成するためには、具体的にこのようにすれば可能になるのじゃないかというような、先生何か的確なお話がございましたら一、二——二でも三でも四でもかまいませんが、何か先生のあれがございましたら教えていただくとたいへん助かりますが
本法律案については、石炭対策小委員会において審査を行ない、石炭の再評価、将来の出炭目標など石炭対策の当面する諸問題について質疑が行なわれましたが、その詳細は、会議録によって御承知いただきたいと存じます。 委員会においては、石炭小委員長の報告を聞いた後、質疑を終わり、討論なく、採決の結果、本法律案は多数をもって衆議院送付案のとおり可決すべきものと決定いたしました。
小委員会は、四月二十日開会し、中曽根通産大臣の中近東訪問の目的、石油業法の再検討、米国エネルギー教書の意義、石炭の再評価、三菱大夕張礦業所の閉山提案、五十年及びそれ以降の出炭目標、石炭対策のあり方、石炭管理体制、石炭企業の石炭生産部門分離問題石炭専焼火力発電所建設の可能性など、石炭対策の当面する諸問題について質疑を行ない、同日で小委員会の審議を終了いたしました。